YouTubeのショート動画の紹介です。
「悟りを得ると 行動の束縛から解放されます。」
引用はバガヴァッド・ギーター(マハリシ出版)の第5章 詩節15からです。(P.403)
以前にブログ記事で取り上げた一節で、「動画にしてみるかも」と書いたので作ってみました。
記事はこちら。「頭の上のメガネを探してない?」
さて、本文中での記述は以下の通りです。
「行動に束縛されたり、罪や徳に巻き込まれてしまうのは、悟りの状態を得ていないことに原因がある。」
この文章だと長いので、短くしてみました。「罪や徳」のところは次回のショート動画にします。2つの動画に分けるのは初めてです。
英語の原文では、このようになっています。
"Here the Lord intends to show that the unrealized state is the cause of the bondage of action and involvement in sin and virtue."
「ここで主は、悟りを得ていない状態が、行為による束縛と善悪への囚われの原因であることを示そうとされている。」
ここの「sin and virtue」の「sin」は罪や罪悪のことで、どちらかというと法律的な罪ではなくて、道徳的・宗教的な罪のようです。
そして「virtue」は美徳という意味で、徳・善の行為や道徳的に良い行為を意味しています。
また、「the unrealized state」は悟っていない状態で、どちらかというと「体験的に確信していない」という状態のことのようです。
「the bondage of action」は、ショート動画の中では「行動の束縛」と表現しましたが、「行為の束縛」や「業の束縛」と訳すことが出来て、業界用語(?)では「カルマの法則」です。自分の行った行為が返ってくることで、輪廻転生に縛り付ける「束縛」という考え方です。
「involvement in sin and virtue」は先ほど取り上げましたが、「罪と徳への関与」ということになります。これも輪廻転生から考えると一種の執着や束縛と見なされるものになります。
「悟りを開くと輪廻転生のサイクルから抜け出す」
と言われています。
ただ、ここの詩節で言われているのは「それらに執着しているのは悟りを開いていないからだ」と、執着を持っている人に自分の執着を気づかせるようなことのように感じます。
「悟りを開くと、何も問題を感じなくなる」
という表現も出来ると思いますので、問題の原因のひとつである「執着」について話をすることで「悟りの状態」がどのようなものであるかを理解することが出来るようになります。
ということで、長くなってきたのでこの辺で終わりにします。
バガヴァッド・ギーターは、どのページを読んでも奥が深くて楽しめます。
まだ入手していない人は本屋へ急げ!GO!
と煽ってみましたが、悟りを開いた人は急いで何かをすることは無いかもですね。
それでは、また (^^)/
